スマホの過度な使用が「記憶力」を劣化させるメカニズム

下記に記事はダイアモンドオンラインからの借用(コピー)です

スマホ依存が
脳に与える影響とは
 経験したことはないのだが、子育てはたいへんな仕事だ。子どもが3歳から5歳くらいの幼児の場合、四六時中、親が相手をしてあげられればいいのだが、他の家事や仕事などで、とてもそんな余裕のある親は少ないだろう。
 そのため、「何か」に子守をしてもらうことになる。20~30年前なら、「アンパンマン」やら「きかんしゃトーマス」やらのビデオを、テレビ画面で繰り返し見せておく親が多かった。今はそれが、iPadなどのタブレットスマートフォンに取って代わっている。
 会社の同僚で5歳の娘さんの子育て真っ最中の女性がいるので、聞いてみた。最近になって、iPadを与えたそうだ。
 彼女は、娘さんに45分単位で時間を区切って見せているのだが、かなり集中して、YouTube動画などを見続けたり、ゲームをプレーしたりするのだという。「ご飯だよー」と声をかけても、「待ってー」と言ってiPadを離さない。自分で画面をタッチして動画を選び、「おもちゃを開封する動画」や「おやつを食べる動画」などを何度も見ている。
 娘さんは自分から「ゆーちゅーぶ見たい」「げーむしたい」とせがむというから、iPadには「知的好奇心を育てる」という良い面はあるものの、多少なりとも中毒性があるという事実は否めないだろう。
 そのiPadを世に送り出したスティーブ・ジョブズ氏は、自分の子どもにiPadを触らせる時間を、厳しく制限していたというから驚きだ。ビル・ゲイツ氏も、子どもが14歳になるまでスマホを与えなかったそうだ。
こうした事実を指摘しながら、スマホタブレットが人間の脳に与える影響を論じるのが『スマホ脳』(新潮新書)である。著者のアンデシュ・ハンセン氏はスウェーデンストックホルム出身の精神科医。前作『一流の頭脳』(サンマーク出版)が人口1000万人のスウェーデンで60万部の大ベストセラーとなり、世界的人気を得た。
 スマホタブレットの使用が脳に影響するのは、子どもだけではない。スマホをヘビーに使う人の中で「最近物覚えが悪くなった」とか「集中力が落ちた」と感じる人はいないだろうか? ハンセン氏によれば、大人でも子どもでも、スマホへの過度の依存は記憶力や注意力に影響することが科学的に証明されている。そして、それは人類の「進化」にも関係しているのだという。
スマホを使う現代の生活に
人間の脳の進化が追いついていない
 ハンセン氏は「人間の脳はこの1万年進化していない」と説く。現代文明が現れるのは、長い長い人類の進化の歴史からすると、ほんの最近だ。地球上に人類が出現してから現在までのうち、99.9%の期間、私たちは狩猟と採集をして暮らしてきた。
 要は、スマホを使う現代の生活に、人間の脳の進化が追いついていないのだ。だから、スマホがもたらす刺激に、脳は無意識のうちに狩猟採集民と同じように反応してしまう。
 例えば、人が知識を求めるのは、狩猟採集生活の中で生存を確保するのに、周囲の情報を得ようとするからだ。獲物がいそうな場所はどこか、あるいは自分たちを襲う猛獣や敵対する部族が近づいていないか。情報や知識が得られるかどうかが生死に関わる。
 そして、人に知識を求めるよう促すのが、脳内物質の「ドーパミン」だ。脳に「新しいこと」がインプットされると、ドーパミンが放出されるのだという。ドーパミンは「報酬物質」と呼ばれ、快楽が得られる行動に私たちを突き動かす働きがある。つまり、人間は狩猟採集民の時代から一貫して、ドーパミンという「報酬」を受け取るために知識や情報を求め続けてきたのである。
 スマホの登場で、大量の知識や情報が、画面をタッチするだけで簡単に得られるようになった。すると、狩猟採集民の頃から変わらない私たちの脳は、ドーパミンを求めて、次から次へと画面をタッチして新しい情報や知識を得ようとする。かくして私たちはスマホを触らずにはいられなくなってしまったのだ。
「記憶力」と「集中力」を損なう
スマホによる情報のインプット
 では、こうしてスマホをしょっちゅう触る習慣が「記憶力」や「集中力」に影響するとは、どういうことか。
 人間の脳は、情報を受け取ると、まず「作業記憶(ワーキングメモリー)」として一時保存する。その作業記憶を、睡眠中などに整理して「長期記憶」として定着させる。これが人間の大まかな記憶のメカニズムだ。
 スマホを触っているとき、私たちは、じっくりと長い時間をかけて一つの情報や知識を仕入れることをしないだろう。ブラウザのページを短い間隔でめくり、インスタグラムやチャット、ツイート、メール、ニュース速報、フェイスブックの書き込みを次々とチェックするのが普通だ。
 ところが、このように短い間隔で大量の情報をインプットしていくと、作業記憶のスペースが足りなくなってしまうのだ。作業記憶に入らなければ、長期記憶に残ることもない。こうして「なんだか物覚えが悪い」という状態に陥ることになる。
「集中力」についてはどうか。次から次へと情報のインプットを切り替えていくのは、複数のことを同時に行う「マルチタスク」と変わらない。というより、人は実は複数のことを同時に行うことはできず、マルチタスクといえども、実際には1つ1つの作業をめまぐるしく切り替えて行っているのである。
 マルチタスクでは、複数の作業を切り替えるのに、ある程度の時間がかかることが、実験でわかっている。1つの作業に集中し、別のことに集中を切り替え、再び元の作業に戻ったときに、同じ効率で作業ができるまでに時間がかかるというのだ。このように脳が効率よく働かなくなり、結果として集中力が劣えることになる。
 そんなに効率が落ちるものなら、次から次へと情報を求めるのをやめればいいと思うかもしれない。だが、そうはいかない。なぜなら、先述のように「ドーパミン」が放出されるからだ。1日に何百回もドーパミンを放出してくれるスマホを、私たちは手放せなくなっているのだ。
スマホの表示をモノクロにするのが
オススメな理由とは?
 スマホによる脳への悪影響を避けるにはどうしたらいいのだろうか。
スマホの電源を切る」「スマホをサイレントモードにしてポケットにしまう」というのも確かに解決策だ。だが、ハンセン氏によれば、それだけでは効果がない。スマホの存在を意識するだけで、集中力が阻害されるというのだ。別の部屋に置くなど、完全に遠ざけてその存在を忘れるほかないのかもしれない。
 本書の巻末には、「デジタル時代のアドバイス」として、スマホによる脳への影響を軽減するための著者からの提案が箇条書きされている。
 まずは「自分のスマホ利用時間を知ろう」とある。最近のiPhoneには「スクリーンタイム」という機能があり、何時間画面を見ていたかを記録して知らせてくれる。そういった機能を使うなどして、実態を把握するのが対策のスタートになるということだ。
「毎日1~2時間、スマホをオフに」「集中力が必要な作業をするときはスマホを手元に置かず、隣の部屋に置いておこう」「チャットやメールをチェックする時間を決めよう」。これらを励行するのはそれほど難しくないだろう。決心すればいいのだ。「スマホの存在を認識しない時間」を意識的に作り出し、習慣化することが大事ということ。
 面白いのは「スマホの表示をモノクロに」というアドバイスだ。色のない画面の方がドーパミンの放出量が少ないのだそうだ。
 本書を読むかぎり、ハンセン氏は、完全な「脱スマホ」を主張しているわけではない。数日間デジタル機器を遠ざけるといった「デジタルデトックス」を勧めているのでもない。要は「意識にスマホが存在しない時間」をある程度確保することだ。
 冒頭に紹介した同僚の娘さんも「45分単位」をきっちり守るようにすれば、悪影響は避けられるのではないか。5歳のうちから、そういったメリハリのついたデジタル機器の使用習慣がつけば、むしろ健全な成長が望めるかもしれない。
 もっとも大事なのは、「スマホ(とドーパミン)に振り回されない」ことではないだろうか。あくまで自らの行動をコントロールするのは自分自身であり、スマホには「人間の思考や作業を補佐するツール」という本来の役割にとどめさせることだ。
 これは、AI(人工知能)とのつき合い方にも共通する。AIも、あくまで「ツール」として認識するべきだ。人間の主体性をしっかりと持つことこそ、現代社会を健全に生き抜く最大のコツといえるだろう。
(情報工場チーフ・エディター 吉川清史)