10年以上にわたる粘着電話、事故を理解できない高齢者…保険金交渉現場の異常なやりとり

下記の記事は文春オンラインからの借用(コピー)です

偶然の不幸に対する不安に乗じて金を徴収するけれども、いざその不幸が起きたときには、十分にその埋め合わせをしてくれるわけではない……。保険会社に対してそのような思いを抱いている人は多い。
 その証拠に、ネット上には、「補償額を下げるために保険会社が用いる手口」や、「保険会社が嫌がる交渉術」といった情報が溢れ、あたかも保険業界が悪の巣窟であるかのように喧伝するサイトが多数ヒットする。
 方々から「敵性認定」を与えられる保険会社のなかで、もっとも直接的に憎悪の対象となるのが、保険金の支払いについて契約者と交渉を行うサービスセンター(SC)の担当者たちだ。
 とりわけ自動車保険の領域では、「過失割合」が問題となるために、契約者の「落ち度」をめぐって話を進めていかなくてはならない。事故に遭い過敏になっている契約者に、間接的にでも「あなたにも責任がある」という事実を告げる際のストレスはどれほどのものだろう。
「突撃予告」は日常茶飯事
 保険会社の内部でも、SCは「もっとも配属されたくない部署」として位置づけられている。
 たとえ社内で定められた手続きに従っているだけであっても、契約者側が実際に憎悪を抱く対象となるのは担当者個人のケースがほとんどだ。メールのやり取りでは担当者のフルネームが記載され、支店の住所も当然公開されている。怒りに駆られた相手が直接乗り込んでくる可能性も、十分考えられるわけである。
 実際に、補償内容に納得できない契約者から、オフィスに乗り込むなどの強硬手段を示唆されることもしばしばだという。
「俺は刑務所にいたんだぞ」
「今からそっち行ってやるからな、みたいな脅しはしょっちゅうですね。あとは、反社組織とのつながりを匂わせたり。『俺は刑務所にいたんだぞ』っていうパターンもありました」
 ムショ暮らしでハクがつく、というのはどこの世界の話だろうか。要求が通せないことに苛立ち、暴力性をアピールすることで相手を屈服させようとするわけである。しかし、そうした単純な威嚇行為には保険会社も慣れっこのようだ。
「ハッタリかどうかは大体わかりますね。実際に突撃してくる人は見たことがないですし……。担当を男性に代えた途端に、しおらしくなるケースも多いですね」
10年以上にわたる電話攻撃も
 事故処理が終わり、補償が済んでからも、その内容に納得できない客から、担当者個人に対する苦情の電話が続くことは珍しくない。なかには、嫌がらせに生涯を捧げんばかりの執着ぶりを見せる者もいるという。
「この部署にいれば『鬼電』は誰しも経験していることなんですが、10年以上も同じお客さんからの苦情電話に悩まされている社員もいます。あとは、何度か転勤しているベテランの方で、その都度転勤先を突き止められて電話攻撃を受け続けている人もいますね。本人は取り次ぎ拒否してるんですけど、その分ランダムに電話が鳴るので、取った人は少なからず業務に支障が……」
 10年経っても晴れない恨みというのは、どれほどのものだろう。「保険会社に人生を狂わされた」という話は、創作などで目にすることはあるけれども、実際にそのような思いに囚われている者もいる。そうした恨みを、個人が一身に引き受けることになるというのも酷な話である。
監禁されて一人前?
 通常、顧客対応は電話やメールを通して行われるが、収拾がつかなくなった「炎上案件」の場合には、契約者と直接面談がなされることもある。
 面談がオープンな場所で実施できればいいが、必ずしもそういうケースばかりではなく、なかには命の危険を感じるような状況もあるという。
「この部署で上のポジションにいるのは大体、軟禁のような状況を経験したことがある人たちです。難しい案件は総合職が引き上げて交渉することになりますので、それだけ危険な状況に追いやられるケースも増えます。『払うと言うまで帰さない』と、丸一日拘束されるみたいなことは、上の人たちはみんな経験してますね」
 自動車保険に加入する人間のなかには、カタギとは言えないような人物も当然存在している。相手によっては、相応の覚悟を決めて臨まなければならないケースもあるだろう。
「危険な案件の場合には、面談の前に警察に相談して、張り込んでもらうこともあります。あらかじめ時間を決めて、たとえば1時間帰ってこなかったら突入する、という形です。幸い、実際に突入までいったケースは身の回りにはないですが、警察の協力を仰ぐことは結構ありますね」
 さながら囮捜査の囮役である。保険会社というと社会的ステータスの高い職業であるように思えるが、内部ではそのような切迫した世界が繰り広げられているわけである。
高齢ドライバーに過失を認めさせることは不可能?
 保険会社と契約者との交渉においては、過失割合をめぐる諍いが日常茶飯事だ。事故で混乱しているなか、自分の過失をすんなり認められる者はそう多くないだろう。
 説得することが難しい人間にはさまざまなタイプが考えられるが、とくに認知機能に衰えが見られるドライバーの場合、そもそもの状況を把握できておらず、交渉が平行線を辿ることも多いようだ。
事故状況を理解できない高齢ドライバー
「一方通行の細い道から、一時停止を挟んで大きめの道路に出るT字路付近での事故で……一方通行出口から見て、道路を挟んだ右手にガソリンスタンドがあって、そこから出てきた車と衝突した、というケースでした」
「契約者側は高齢の方で、『突然相手が飛び出して追突してきた』と言って、自身の過失はゼロだという風に主張するんですが……損傷箇所は側面だったので、明らかに追突ではなくて、むしろ一時停止義務のあったこちら側の過失割合が高くなってしまいました。『どうして相手の味方をするんだ、一生恨んでやるからな』と」
 どうせなら、自身の過失についても覚えていてくれるといいのだが、大前提としての事故状況を理解できていないのであるから、そうもいかなそうである。
 ブレーキとアクセルの踏み間違えも「車側の故障」と認識してしまうように、見落としていた車も、主観的な認識においては「存在していなかったはずのものが急に現れた」ということになるわけだ。
「無保険の事故相手」は保険会社にとっても難敵
 保険会社の交渉相手は、もちろん契約者だけではない。
「任意保険に未加入の事故相手」は一般的にも恐怖の対象であるが、保険会社にとっても厄介な相手となることが多い。保険会社と相手方本人が直接交渉を行うことになるため、恨みを買いやすいのである。
「最初の方は、『保険に入ってないから払えないんですよね……』みたいに、申し訳なさそうだったり、困ったような調子だったりすることもあるんですが……具体的な額や過失割合を伝えると豹変して、突撃予告とか脅迫めいた言動をされることもしょっちゅうです」
 そもそも、自分が事故を起こし、多額の賠償責任を負う可能性を現実的に考慮していれば、任意保険に加入する以外の選択肢はないだろう。未加入であるということは、自身が事故を起こすことを想定していないか、あるいは端から支払うつもりがないか、いずれかである可能性が高いと考えられる。
 想定外の支払い請求に逆上し、担当者を逆恨みするというのは十分ありそうな話である。
任意保険未加入者による「踏み倒し」
 任意保険未加入者との事故をめぐる理不尽な話として、「相手に支払い能力がないために、修理代が支払われず泣き寝入りせざるを得なかった」といった事例は後を絶たない。
 なぜこのようなことが起きるかと言えば、「契約者の過失がない事故については、保険会社は交渉に介入できない」というルールに原因がある。たとえば信号で停止中に追突されるといった「もらい事故」においては、損害をめぐる交渉を自身で行う必要があるのだ。
相手が任意保険に加入していれば、修理費などを相手方の保険会社に請求できるが、未加入の場合には事故の当事者同士が直接示談交渉を行うことになる。専門家ではない者同士のやり取りのなか、請求が踏み倒されるケースも多いわけである。
「逃げ得」を防ぐ方法は
 しかしもちろん、このような事態に備えることもできる。
「過失ゼロの示談交渉には介入できませんが、こちらのお客さん(被害者側)が車両保険に入っている場合は話が違ってきます。こちらの車両保険を使って修理をするとなると、本来相手方に賠償責任のあるものを会社側で立て替えているような形になるので、結局は相手方に会社から請求することになるんです」
 個人間のやり取りにおいては支払わせることができなくても、車両保険によって修理費は賄うことができる。請求者が保険会社となることで、「逃げ得」も通用しにくくなるわけだ。支払いが滞る場合には、保険会社の債権管理を専門とする部署に案件が移行する。
「ただ通常は、車両保険を使うと等級(保険料の割増引率を定めるための区分)が3つ下がってしまいます(*)。それが揉める原因になることもやっぱりありますね。過失ゼロなのに等級を下げなきゃいけない、っていうのは理不尽な話ですが……」
* 過失がゼロの事故で車両保険を使った場合に、等級を下げずに済む特約として「車両無過失事故特約」がある。保険会社によって、車両保険を付けることでこの特約が自動付帯されるタイプと、別途選択するタイプとが存在するが、現在では「自動付帯型」の割合が増加している。
事態の悪化を未然に防ぐ弁護士費用特約
 事故の被害に遭った側なのに、月々の保険料が上がる、というのは確かに納得できる話ではないだろう。こうした事態を防ぐためには、あらかじめ弁護士費用特約をつけておくとよい。
「弁護士費用特約を使えば、過失がゼロの事故に対しても、弁護士が示談交渉を担当してくれるので、保険未加入の相手から修理代を回収できない、というリスクを減らせると思います」
 特約をつけることで上昇する保険料は、月々数百円程度のことが多く、負担は少ないと言う。
「損害保険料率算出機構」の調査によれば、2019年3月の時点で、全国で保有されている自動車の数は約8179万台。このうち任意保険または共済に加入している台数は約7211万台であり、1000万台近くが任意にも共済にも入っていない計算である。これを見ると、弁護士費用特約はもはや必須のように思えてくる。
 加害者側であれ被害者側であれ、事故の可能性と無縁ではいられない。“ヤバい”事態に巻き込まれないためにも、一運転手として安全運転の徹底に努めたいものである。