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「老人の体調が悪くなっても救急車を呼ぶな」介護現場で高齢者への“虐待”が起きる深刻なワケ

下記の記事は文春オンラインからの借用(コピー)です

世界有数のスピードで高齢化が進む日本。介護業界に関する公的な補助制度の整備は、現場が求めるレベルに追い付いているとは言い難い。そんな中、徐々に顕在化している問題が、介護現場で起こる高齢者に対しての虐待だ。
 ここでは、朝日新聞経済部が介護業界の暗部を克明に描きだした書籍『ルポ 老人地獄』(文春新書)の一部を引用。介護業界で起こる虐待の実態について紹介する。
◆◆◆
「救急車を呼ぶな」
 東京都心に近い有料老人ホームでは、施設長による日常的な「虐待」が続いていた。
 2012~13年ごろにその様子を目撃した当時の職員は「あれはとんでもない光景だった」とふりかえる。
 このホームの施設長は自分で仕事の不始末を起こしておきながら、認知症の老人に「あなたのせいでこうなったのよ。どうしてくれるのよ」と怒鳴りつけながら介護をするような人物だったという。ホームの中で行うデイサービスに、体調の思わしくない老人を無理やり参加させて、さらに体調がおかしくなることが続いたという。このホームは「住宅型」のため、介護サービスは利用しなければ「売り上げ」にならない。そのため、本人が希望しない押し売りに近い介護サービスが横行していたようだ。
 施設長による食事の介助も拷問のようだったという。早く切り上げたいためか、老人がゆっくりと食べるのを待つことができず、次の食べ物を無理に口に運ぶ。そのため、老人が食べ物をのどに詰まらせることが続いた。それが繰り返された結果、肺に唾液などとともに細菌が入り込んで起きる誤嚥性肺炎で入院する人も1人や2人ではなかったという。
 誤嚥性肺炎は救急車を呼ぶほどではなかった。しかし、元職員は「このホームでは12年からの約2年間に10人ぐらいのお年寄りが亡くなった」とも証言する。亡くなった老人のなかには、目に見える体調の悪化があったのに、救急車を呼んでもらえなかったケースがあったという。元職員は施設長から「老人の体調が悪くなっても救急車を呼ぶな」と厳命されていたからだ。その理由について施設長は「前に救急車で運ばれた後に死んだら、あとから警察が調べに来て、大変だった」と話していたというのだ。
 こうした情報は、家族などを通じて所管する区役所にも通報された。しかし、地元区役所の調査は難航した。入居している老人は認知症などできちんと話ができない。施設の職員も施設長が怖いために表だって証言することができなかった。そこで調査にあたった区職員はホームの書類を調べてみたが、ところどころ記述が欠けていたり、体調悪化で亡くなる直前の老人の日誌に「2日前〈完食〉(全て食べたこと)、1日前〈完食〉、当日〈完食〉」と、つじつまが合わないことが書かれるなど役に立たないもので、かえって混乱したという。
亡くなって1日すぎてから家族に連絡、原因も答えられず
 当時、調査に入った区役所の元職員は「ホームでどういう介護が行われていたのか、また、どうして死亡に至ったのかの裏付けが難しく、悪質な虐待と認定できなかった。別件で文書指導するぐらいしかできなかった」と悔やむ。
 ただ、亡くなった老人の家族のなかには怒りが収まらない人もいた。
「急変があっても連絡をせず、亡くなって1日すぎてから家族に連絡したり、亡くなった原因をはっきり答えられなかったりして、家族とトラブルになっていた」(元職員)
 区役所の元担当者らによると、このホームが経営する別の施設では部屋の外から鍵をかける「監禁」があったり、施設長が看護師の資格がないのに褥瘡(じょくそう[床ずれ])の処置をしたりしたとして、役所が指導したこともあったという。元職員は「施設長は『独裁者』で、書類の改ざんなどの不法行為を職員に無理やりやらせたので、職員は次々と辞めました。施設長の指示に逆らってわずか1日でクビになった職員もいました。私を含めた元スタッフの多くは、施設に残る老人がかわいそうと思いながら、後ろ髪をひかれる思いで去りました」と語る。
過酷な勤務がストレスに
 なぜ介護施設で虐待が広がっているのか。実際に虐待の現場を見たり聞いたりした職員からも取材した。
 介護職員の男性(40)は、数年前に東京都内のデイサービス施設で目にした虐待が忘れられない。ある職員が80代の利用者を殴り、眼底出血の大けがを負わせた。利用者はパーキンソン病認知症を併発していたが、職員は「言うことを聞かないので手が出た」と話したという。
 男性が勤めていた会社が運営する千葉県の別のデイサービスでは、精神障害などで対応が難しい利用者がくると、食事や入浴の時間帯以外は部屋に鍵をかけて閉じ込めていた。だが、ある時、1人が抜け出して外で凍死した。鍵をかけず、職員による見守りを強化する改善策が取られるかと思ったが、相変わらず閉じ込めは続いたという。
 背景にあるのが人手不足だ。この会社の施設は、日中あずかるだけでなく宿泊もできる「お泊まりデイ」をしていた。規定では利用定員を10人としていたが、多い時は1カ所で15人の利用者を受け入れたのに対して、職員は6人ほどしかいなかった。日中は3人、夜間は1人で対応するが、半分はパートで、男性のような常勤職員は長時間労働が常態化していた。多い月で夜勤が15回あり、勤務時間は法定労働時間の1.5倍以上の月280時間にのぼったこともあったという。
 この介護職員はこう話す。
「虐待は絶対に正当化できませんが、過酷な労働が職員から気持ちの余裕を奪い、一線を踏み越えた言動につながっていると思います。いつか自分も加害者になるのでは、と思うと怖くなって会社を辞めました」
夜勤に入ると、翌日まで24時間以上働かされるのが当たり前
 横浜市の有料老人ホームで3年前まで介護職員をしていた男性は、必要な介護さえ放棄される現場を見てきた。酸素吸入が必要な人の鼻からチューブが外れてアラームが鳴ったのに放置されたままだったり、杖をつかないと歩けない人を1人で風呂に入れたりしていたという。こうした事例が市に報告されることもなかった。写真はイメージです 
 ここでも、背景にはやはり人手不足と過重労働があった。夜勤に入ると、翌日まで24時間以上働かされるのが当たり前だったという。職員の目が行き届かず、入居者が大けがしそうになったことも、1度や2度ではなかった。
「ストレスがたまり、職員は次々に辞めた」と職員は振り返る。
「ひもつきケアマネ」
 介護保険には「ケアマネジャー」(介護支援専門員、ケアマネ)という仕事が欠かせない。実際に介護サービスをするのはヘルパーら介護職員だが、利用者にどういう介護サービスが必要かを判断して、どのように提供するかを計画する「ケアプラン」を作る。利用者の心身の状況に応じて医療を含めた各種サービスを提供できるよう、公正中立であることが求められている。ケアプラン作りは介護保険からすべての費用が出るため利用者は自己負担する必要がない。少なくとも月1回は利用者に面談することになっていて、場合によっては家族より身近な存在になることもある。
 大切な仕事だが、介護施設訪問介護会社の一職員として、低い給料で働くのが実態だ。ときには施設などの都合でケアプランを作ったり、自分が勤めている訪問介護会社のサービスを使うことを高齢者に押し付けたりする「ひもつきケアマネ」もいる。
「体調が悪い」と言っても「起きなさい。みんな下に降りるんだから」
「わたしはあんな施設には2度と入りたくない。もう歌を歌うのが嫌で嫌で」
 東京都内に住む90代のマモルさん(仮名)はそう振り返る。
 マモルさんは12年秋、東京都中野区の有料老人ホームに入所した。その数カ月前に脳出血をおこして都内の病院に入院し、退院の時にこのホームを紹介された。
 このホームの入居者は十数人で、利用者は2、3階の個室で寝る。家賃は月10万円台と、都内の有料老人ホームとしては比較的安い。
 マモルさんは朝8時半に起こされると、介護スタッフに車いすごと1階に降ろされ、夕方5時まで過ごす。だが、すでに病気から回復して意識明晰なマモルさんにとって、毎日、認知症患者向けの単調な体操をさせられたり童謡を歌わされたりすることは、苦痛以外の何物でもなかった。こんな介護サービスは自分には必要ないのに……。
 ある朝、職員が朝起こしに来ても寝たふりをした。すると、「起きなさい。みんな下に降りるんだから」とふとんをはがされたという。「体調が悪い」と言っても取り合ってもらえなかった。
毎月3万円前後の自己負担
 マモルさんは体力や記憶が回復してくるにつれて、外の空気を吸いたくなった。「散歩に行きたい」。ホームにそう懇願したが、かなわなかった。リハビリにはよいはずだが、「あなたについていく職員がいないから無理」と、施設長からは冷たく突き放すような言葉が返ってきた。
 有料老人ホームを経営している会社は同じ施設の1階で、介護保険から支払いがあるデイサービス事業もしていた。ホーム側がマモルさんを1階に降ろすことにこだわったのはデイサービスを使わせるためだったようだ。13年度のマモルさんのケアプランで使われたサービス内容と金額がわかる利用明細書がある。朝9時から夕方4時半まで、デイサービスが1カ月あたり23~26日もついていた。
 このホームは「住宅型有料老人ホーム」というタイプで、月々の利用料には住居費と食費が含まれるが、介護サービスは別に支払うことになる。当時、マモルさんは要介護4だった。介護保険には介護度ごとに介護サービスが使える上限額が設定されている。要介護4はこの時、33万786円が上限だったが、マモルさんは月によっては32万9208円と上限すれすれまで使ったこともあった。介護保険は利用額の1割を自己負担しなければならないため、マモルさんの家族は毎月3万円前後を支払っていた。
別の有料老人ホームに移ると自己負担額が月約2600円に
 ところが、マモルさんとその家族はこのデイサービス中心のケアプランを作ったケアマネに会ったことさえないという。このプランを作ったケアマネに取材したところ、マモルさんに面談しておらず、「前任のケアマネがつくったプランをそのまま使った」と明かした。このホームの利用者を担当することになったのは、2年前にケアマネの資格を取ったばかりのころからだという。
 当時、たまたま中野区から依頼された要介護度を認定する調査のために、このホームを訪れた。そのとき、「うちでやらないか」と施設長から声をかけられたという。それは、入居者十数人分のケアプランを一手に引き受けないかということを意味していた。資格を取ったばかりで仕事が無くて困っていたケアマネは恩義を感じたという。
「ホームから利用者をいっぺんに紹介されたのはありがたかった。施設長の人柄にもひかれてホームが勧めるデイサービスをプランに入れることで少しでも運営に協力したいと思いました。前のケアマネが利用者とトラブルになってやめたと聞いたので、利用者には会わないほうがいいと思っていましたが、間違いでした」
 デイサービスを拒否し続けたマモルさんは、最後は施設長とけんかになり、ホームを出て別の有料老人ホームに移った。そこでマモルさんが受けた介護サービスは、それまでとは全く違う。新しいケアマネは、マモルさんが嫌うデイサービスはプランに入れず、週1回は外出を介助するサービスを入れた。あとは週2回、入浴介助などが組み込まれた。介護保険の利用額は前のホームの10分の1以下に減り、マモルさんの自己負担額も月約2600円まで減った。
 東京都は14年、マモルさんが前に入っていたホームの調査に入り、「デイサービスばかりがついているのは不適正だ」と改善を促した。