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「生理のときに放火や万引きをする女が多い」女性犯罪で月経要因説が根強く支持され続けた理由とは

下記の記事は文春オンラインからの借用(コピー)です

月経による心身的な影響が出やすいのは“月経前”が多いことは今や多くの人が知っているだろう。しかし、日本ではつい最近まで症状が“月経中”に起こると信じられており、「女性の犯罪は“月経中”に多い」とまことしやかに語られてきたのだ。それだけでなく、月経中であることを一つの根拠に無実の女性が殺人の罪を負わされることまであった。果たしてこうした誤った考えはなぜ生まれ、長らく信じられてきたのだろうか。
 ここでは、歴史社会学者の田中ひかる氏による著書『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(平凡社)の一部を抜粋。生理についての誤った理解が生まれた発端について紹介する。
◆◆◆
女子受刑者たちの犯行時月経状態
 戦後の月経要因説の根拠となっているのは、犯罪精神医学者、広瀬(旧姓近喰)勝世による一連の研究である。
 広瀬が最初に行った司法精神鑑定は、戦時下の1943(昭和18)年に2人の子供と道連れに母子心中を図り、1人生き残った母親に対するものだった。以来、「女性の宿命論を科学的に解明」(*1)することが広瀬のライフワークとなった。
*1 広瀬勝世『女性と犯罪』金剛出版、1981年
 1952(昭和27)年に発表した「女子受刑者の精神医学的研究」と題した論文では、日本の女性犯罪研究は非常に乏しく、統計的研究は皆無で、女性犯罪者に対する個別観察研究も菊地甚一を含む数人の精神医学者による鑑定報告があるにすぎず、「総説的なもの」は寺田精一の研究があるのみだと慨嘆している。広瀬は、その空白を埋めるべく、女子受刑者たちを対象とした統計的研究、個別観察研究に力を注いでいく。iStock.com
 特に広瀬が注目したのが、月経と犯罪の関連である。その理由の一つは、「外観はまったく女性でありながら」、染色体が女性ではない場合があるため、「生物学的に真に男女の差について論ずるには、生殖機能に関する性周期に求める以外にない」(*2)と考えたからである。つまり広瀬は、生物学的に犯罪における男女差を説明しようとし、その前提としての月経を重視したのだ。
*2 同*1
 さらにもう一つ、「未婚・既婚・性生活のいかんに関係なく、初潮から閉経までの、性周期によって運命づけられた期間の女性の精神状態が、犯罪や非行の際にも注目される」(*3)という理由も挙げていることから、広瀬が女性は皆、月経に「運命づけられ」ていると考えていることがわかる。
*3 同*1
 では早速、広瀬が栃木・和歌山両女子刑務所の受刑者227人を対象に行った「犯行時月経状態」についての統計的研究(*4)を検討してみよう。
*4 近喰勝世「女子受刑者の精神医学的研究」『精神神経学雑誌』第54巻、1952年
 調査結果は以下の表のとおりである。栃木・和歌山両女子刑務所における「犯行時月経状態」についての調査結果(近喰勝世「女子受刑者の精神医学的研究」『精神神経学雑誌』第54巻、1952年に基づいて作成)
 広瀬は「犯行時月経状態」を「月経中」「月経直前(3日以内)」「月経直後(3日以内)」「無月経(未潮、妊娠、授乳、閉経後、病的、不明)」「無関係」の5項目に分け、「多少なりとも不確実なものは除外して計算した」。
月経周期の乱れが、ストレスや犯罪行為につながると主張
 まず注目したいのは、「月経中」と「月経直前」の数値である。現在では、女性が精神に変調をきたしやすいのは「月経直前」と考えられているが、この統計を見る限りは、「月経直前」より「月経中」の方が、数値が高い。
 また、「無関係」という項目が設定されていることから、それ以外の項目はすべて月経と“関係あり”と、見なされていることがわかる。かりに月経期間を5日間とした場合、「月経直前」「月経中」「月経直後」を合わせれば10日ほどにもなるが、広瀬はこれに加え、「無月経(未潮、妊娠、授乳、閉経後、病的不明)」までも“月経と関係のある期間”と、見なしているのだ。
 最も注目すべきは、広瀬が一連の研究を通じて、無月経を含む月経周期の乱れが、ストレスや犯罪行為につながると主張している点である。ストレスによって月経周期が乱れることは多くの女性が経験していることだが、広瀬にとってはその逆も“有り”なのだ。
 だから、「睡眠時間の著しく減少する都会の生活、薬剤による性周期の調整、誤れる避妊方法」(*5)などによって生じる月経周期の乱れを犯罪への第一歩と見なし、生理休暇を取ることが「犯罪防止に連なるといっても過言ではない」(*6)とまで提案している。
*5 広瀬勝世「最近の女性犯罪をめぐる精神医学的検討」『法律のひろば』1973年6月号
*6 同*1
受刑者の約半数は女としての身体的条件を活用、主張したという見解も
 広瀬自身はこの調査結果について、「殺人や放火の如き熱情による犯罪の多いものにおいては、他の犯罪に比較して明らかに月経と関係ある如き数字を示している。月経と犯罪との関係が全く認められないものの数字が、窃盗や詐欺において高く示されている」と分析している。
 また「熱情」、つまり感情に支配されて行われる犯罪が月経前あるいは月経時に多い理由については、「感情的に敏感」な時期であるため、「怨恨、嫉妬、絶望等の精神反応」が抑制できなくなるためだと説明している。
 ところで、1970年代に約660人の女子受刑者を対象にアンケート調査を行った法学者の中谷瑾子(きんこ)は、「女子受刑者の約半数は女としての身体的条件(引用者注・月経、妊娠、妊娠中絶)を活用、主張し、そのうち4分の1は量刑上も考慮されている」(*7)という結論に至っている。
*7 中谷瑾子「女子受刑者の刑事手続に関する(意識)調査から見た女性犯罪と女性法曹の役割」『法学研究』49巻、1976年
 つまり自己申告に頼らざるを得ない「犯行時月経状態」についての調査結果には、かなりバイアスがかかっていると言えよう。
 さらに中谷が刑事法学者の後藤弘子とともに行った調査によれば、「女性殺人者の犯行について生理との関係が指摘されていたものは、325名中4名(1.2%)にすぎなかった」(*8)という。
*8 中谷瑾子・後藤弘子「紹介と批評」『法学研究』58巻、1985年
 ともあれ、ここで最も強調したいことは、女性が月経時、あるいはその前後に犯行に及んだからといって、犯行を即月経と結びつけることが、果たして適当だろうかということだ。
初潮・無月経が犯行を決定づけるのか
 次に、広瀬による女性犯罪者の個別観察研究を検討してみよう。
 広瀬は1963(昭和38)年に発表した「性周期と非行」と題した論文で、月経が犯行に影響した例として6人の女性の事例を挙げ、分析している。
 一例目は、殺人未遂を犯した16歳の少女の事例である。たびたび人のものを盗んだため、「矯正と農事見習」とを兼ねて親戚の家に預けられたが、そこでも盗みを行ったため、その家の「老女」から厳しく叱責された。「ある時近隣多数の者のいる前で叱責されたので憤慨し、翌日早朝殺そうと考え、猫イラズを老女の使う茶碗に塗っておいたのを発見されて未遂におわったものである。初潮来潮後約1年近く経過していたころの月経中の出来事であった」。 
 広瀬はこの事例について、「内気、無口、わがままで、気分が変わりやすく独居を好み、けんかっぽいという点の目だつ、かたよった性格に、高度な知能欠陥(痴愚)を伴っていた。したがって、元来抑制力に乏しいそれらの欠陥が盗癖となって現れていたのであろうが、初潮後約1年という心身の最も不安定な時期の月経という生理現象が、より一層感情の失調を大きくした」と分析している。
 二例目は、「知能に異常はなく、性格的にも明るく活発な少女が、欠損家庭環境から不良の仲間に入り、受動的にその流れに押し流され」て家出、15歳で妊娠、出産、17歳のときに強盗殺人未遂を犯した少女の事例である。
 これについて広瀬は、「派手、勝気、活動的、冷淡、嘘つきなどの目だつ病的な性格であるが、分娩後1年半を経過し、その上授乳もろくにしていないのに、分娩以来無月経状態が続いていたのである。この例は15歳で初潮を見ているが、家出も妊娠も初潮来潮の年である点に注目すると同時に、その不安定な時期の不摂生な生活が性周期を乱し、無月経と同時に心身の失調状態が続いていたもの」と分析している。
 ここでもやはり、無月経が犯行を招いたとされている。犯行に至るような精神状態だったから無月経になったとは見なされていない。
潮来潮2日目の事件
 三例目は、「初潮来潮2日目」に、殺人ならびに死体遺棄の罪を犯した18歳の少女の事例である。少女は住み込みで子守りの仕事をしていたが、家人から盗難の嫌疑をかけられていたたまれなくなり、無断で実家へ帰った。「父とともに暇を乞いに出かけたが、盗品を返さなければ荷物を渡さないと言われ更に1カ月を実家ですごし、ふたたび叔父と暇ごいにおもむいた際、偶然出てきた同家の息子(幼児)をハンカチで口をおさえ窒息死に陥らせて、屍体をその場におきざりにしたものである。初潮来潮2日目の事件であった」。
 これについて広瀬は、「精神薄弱に基づく心身の抵抗の低さが、たださえ動揺しやすい初潮時の精神状態をより一層不安定なものとしていた」と分析している。
「精神薄弱者」を犯罪者予備軍のように扱っていた
 一例目、三例目の広瀬の分析は、どちらも「初経期=精神不安定」という考えに基づいている。たしかに思春期自体が不安定な時期だとも言えるし、初経が少女に与える不安もあるだろう。しかしそれには当然ながら個人差があり、罪を犯すほどの精神状態になるとすれば極めて異例である。事例として示すのならば、多少なりとも月経との因果関係の説明が必要ではないだろうか。
 三例目では、「精神薄弱」との関連も指摘している。かつて多くの犯罪学者が「精神薄弱者」を犯罪者予備軍のように扱っていたのだ。1999(平成3)年に「精神薄弱」が「知的障害」と言い換えられるようになった背景には、こうした根強い偏見が存在していたのである。
 四例目は、19歳から25歳にかけて、窃盗で4回捕まっている女性の事例である。この女性は19歳頃から「月経直前1、2日くらいは他人の持っている物が無闇に欲しく」なったという。そして、4度の刑務所入所毎に拘禁状態という精神的抑圧から無月経となり、「衝動的、爆発性の性格特徴が目立ち、怒りっぽく、気が変わりやすく、些細なことから自分を制しきれず、よくけんか」をした。広瀬は入所による無月経が精神変調を招いたと分析している。
 刑務所などに拘禁されることによって生じる「無月経」は、「拘禁性無月経」として複数の研究者が報告しているが、広瀬が指摘するように、もし無月経が犯行を招くのであれば、女性犯罪者を刑務所に拘禁することは、更生という観点からは逆効果ということになってしまう。
PMDD(月経前不快気分障害)が影響している可能性も
 五例目は、20代後半に2度の窃盗で捕まった女性の事例である。「いつも月経の2、3日前から気分がいらいらし、その都度窃盗をくり返してみたくな」り、「数10回にわたる空巣窃盗はほとんどすべて月経直前(2日前くらい)から月経中にかけて」行われたという。
 最後の六例目は、23歳から41歳にかけて放火、殺人、窃盗などで6回捕まった女性の事例である。「月経の前日頃から月経にかけての2、3日はいらいらして立腹しやす」く、6回のうちの4回は、いずれも月経中の犯行だったという。
 四例目、五例目、六例目の女性たちは、月経直前から月経時にかけて反復して犯行に及んでいることから、第七章で述べるPMDD(月経前不快気分障害)が影響している可能性も考えられる。広瀬自身、1981(昭和56)年に研究の集大成として出版した『女性と犯罪』で、再びこれらの事例に言及し、「月経前緊張症(PMT)」という言葉を用いて分析している。
「月経要因説」と「PMS要因説」が混同されてしまった研究結果
 広瀬は以上の統計的研究と個別観察研究のほかに、エビング、ロンブローゾ、寺田精一といったかなり古い時代の研究者や、ダルトン、「月経前緊張症」を提唱したフランク、さらに小木貞孝、石川義博、小沼十寸穂(こぬまますほ)といった国内の同時代の精神医学者らの研究も踏まえて、月経は「病的な精神状態と結びついた場合に、犯行を決定づける一つの要素となることは確実である」と結論づけた。
「病的な精神状態と結びついた場合」という但し書きはあるものの、広瀬によれば女性は生殖機能という「重荷」を背負っているため、日常生活における様々なストレスによって、容易に精神疾患を発症するということだ。
 広瀬の研究は、エビングやロンブローゾ以来の月経要因説を前提として、それらを統計と事例、そしてPMSやPMTといった内分泌学の知見、つまりホルモンの影響によって裏づけようとしたものだった。
 広瀬が研究を行っていた時期は、ダルトンがロンドンに世界初のPMS診療科を開設し(1954年)、PMSと精神変調さらには犯罪との関連について精力的に啓発を行っていた時期と一致するため、最新の知見が取り入れられたと言える。しかしそのために、旧来の犯罪における「月経要因説」と「PMS要因説」が混同されてしまった感がある。
 いずれにしても、「わが国の女性犯罪研究の先駆者であり、同時に第一人者」(*9)と目された広瀬の「洗礼」を受けた月経要因説は、医学的装いのもと、以降の犯罪論に受け継がれていく。

田中 ひかる